病名

 5年前、職場が変わるまでは、季節の花を植えたり、本を読んだり、人間らしい生活をしていたような気がする。ところが、とにかく時間も気持ちもゆとりのない生活が始まった。しかし、人間というものは、ゆとりがないと、逆に時間を作ってでも楽しみを求めるものらしい。飲み会が多くなった。反対に花を植えたり、本を読んだりという時間が無くなっていった。



2004年8月4日
 病室に母を残し、私はナースセンターに行き、一人で主治医に話を聞いた。
腫瘍は、ほぼすい臓癌に間違いないこと、治療法としては手術が最も有効であることを聞いた。
黄疸が出たのは、腫瘍が胆管をふさいで胆汁が行き場を失い、体に回ったためで、さらにすい臓の機能が低下して、糖尿病を起こしているということであった。
母は、とりあえず、鼻から胆管に管を通して、胆汁を抜く処置を施されていた。
これから、手術に向けて、様々な検査が行われるという。主治医は、パソコンの画面に写る母のデータを見ながら、淡々と話した。私もパソコンの画面を見ながら、事実だけを聞き、それを母の身に起こっていることと結び付けないようにしていたような気がする。
「そうですか。わかりました。」私は静かに答えた。
本当の病名以外は、全て母にも知らされていた。
私は、事実を兄と弟に話した。
親戚には本当のことは知らせず、母の弟だけに本当のことを知らせた。
私は、手術をすれば、少なくとも数年は普通の生活が送れるようになる、と信じることで自分を励ましていた。